粉末インク、結晶インク
2、3年前だと思う。よく珍しいものを持ってきてくれる骨董屋さんがある日こんなことを言っていた。
「粉のインク。小さなガラスの入れ物に入っているんだ。
あんなの他に見たことないよ。
それを持ってこようと思ってるんだけど、小さくて見つからないんだ。」
パイロットの粉のインクは持っているが、それはさほど古くない。
骨董屋さんの話によると、もっと古いものらしい。
「へぇー、私も見たことないよ。見つかったら持って来てね。」
そういう話を聞くと、気になって探してしまうし
見たこともないのに欲しいものリストにリストアップされる。
探せば見つかるもので、あるとき粉末状のインキを骨董市で発見した。
「これのことかな。」
確かにガラスの小さなチューブに入っており、
一緒にあったものが大正頃のものだったので時代的にもつじつまが合う。
だが、見つけたそれはちょっと予算的に合わず、いったん見送った。
そしてその時見送ったのと同じものを、後日かなりお手頃の価格で手に入れることができた。
状態は悪いが、価値はお値段以上である。
蓋がなく、綿が詰めてあった。
サイズは単三電池位の大きさだ。
箱も傷んでいるが、「粉末インクの素」「オリジナルインク」の文字が読める。
また、「万年筆用」「筆記用」とも書いてある。
残念ながら説明書は上半分が消えてしまっているが
「定価50銭」「温湯または」「インクの素を2,3杯入れて」など作り方が書かれているのが読み取れる。
一つ見つかると芋づる式に見つかるもので、
明治43年の三越の文房具カタログに「結晶インク」なるものが掲載されているのが見つかった。
同じように小さなチューブに入っているようだが、
こちらは粉末ではなく錠剤というか、タブレットの形をしている。
説明を読むと、これを直接万年筆に入れ、水を加えて混ぜるようだ。
ちゃんと解けずに万年筆が詰まってしまいそうだが、実際はどうだったのだろう。
更に、これは日本で考案されたのではなく、欧米から来たようだと思われるものを見つけた。
ペリカンの粉末インクだ。
おそらくペリカンだけでなく、複数社で作られていたのではないかと思われる。
それが日本に輸入され、日本でも作られるようになったのだろう。
メーカー不明だが、前出の「粉末インクの素 オリジナルインク」と
「ペリカンの粉末インク」、「三越のカタログ」を見つけたところで
これらをまとめてブログに書こうと思った矢先のことだ。
「粉のインク、見つかったよ。」
最初のこのインクのことを教えてくれた骨董屋さんが
倉庫の中から、この小さなインクを発見してきてくれた。
「オリジナルインク」と同じものが出てくるかと思ったが、ちょっと違って
「プラトン」という昔万年筆やインク、鉛筆などを作っていたメーカーのものだった。
当時としては「ブランドもの」に当たる。
ああ、丁度良かった。ではこれも入れてブログで紹介しよう。
そして写真も撮り終わった。
ところが、そこでまたちょっとした発見があった。
さぁ、書こうかと思ったタイミングで、
Webで連載している「文房具百年」の原稿の締め切り時期だったので
一旦そちらを優先した。
連載のその回は「スタンプ台」について書いたのだが
紹介するスタンプ台を見繕っているときに、スタンプ台の箱の中に
骨董屋さんが見つけてくれたのと
ほぼ同じプラトンの粉末インクが入っているのを見つけた。
*一番左が骨董屋さんが見つけてきてくれたインク。右3つがスタンプ台の箱に入れたままになっていたインク。
あれ?なんだ、私これを前から持ってたんだ。
全く認識していなかった。
記憶をたどると、入手した時はスタンプ台の箱が欲しくて、中身をよく見ていなかったようだ。
粉末のインクがあると思ってなかったので
薬か染料だと思ってそのままにしていた気がする。
このタイミングで発見されたということは、
スタンプ台の箱に入れられて、忘れられていたこのインクたちも
紹介してほしかったのだろう。
さらに、よく見ると一番右は粉末ではなくタブレットタイプだ。
三越のカタログに載っていたのは
こんな感じのインクだったのかな。
「こんなのあるの知らなかった」というワクワクと共に、
硝子のチューブに、固形のインクが入っている。
それも100年も前のインクだということにもわくわくする。
どんな色かな。
まだ使えるかな。
蓋が開けられるやつで、ちょっと溶かして書いてみようかな。